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最高裁判所第一小法廷 昭和51年(オ)1202号 判決 1977年11月24日

上告人

姜幸男

外五名

右六名訴訟代理人

奥中克治

被上告人

大原重信

右訴訟代理人

藤原昇

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人奥中克治の上告理由について

民訴法五二一条所定の執行文付与の訴は、債務名義に表示された給付義務の履行が条件にかかるものとされてその条件が成就した場合及び債務名義に表示された当事者に承継があつた場合に、執行債権者において右条件の成就又は承継の事実を同法五一八条二項又は五一九条所定の証明書をもつて証明することができないとき、右訴を提起し、その認容判決をもつて同法五二〇条所定の裁判長の命令に代えようとするものであるから、右訴における審理の対象は条件の成就又は承継の事実の存否のみに限られるものと解するのが相当であり、他方また、同法五四五条は、請求に関する異議の事由を主張するには訴の方法によるべく数箇の異議の事由はこれを同時に主張すべきものと定めているのである。してみれば、執行文付与の訴において執行債務者が請求に関する異議の事由を反訴としてではなく単に抗弁として主張することは、民訴法が右両訴をそれぞれ認めた趣旨に反するものであつて、許されないと解するのが相当である。

したがつて、右と同旨の原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 団藤重光 藤崎萬里 本山亨)

上告代理人奥中克治の上告理由

原判決の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の誤解並びに審理不尽の違背があると思料する。

一、原判決は「控訴人らが抗弁として主張するところはいずれも本件確定判決における請求債権の実体的債権消滅事由であるからもともと本件確定判決につき請求異議の訴えを提起して主張すべきものである。

執行文付与の訴えにおいてこのような実体的債権消滅事由を抗弁として主張することが許されるかについては……消滅に解するのが相当である」と判断している。

しかしながら、執行文付与の訴えにおいて債権者側は債務名義の執行力の現存のみを主張すれば足るとはいえ、いやしくも受訴裁判所が判決手続によつて執行力の存否を確定すべき場合においては、もはや執行力の存在に関する形式的事由と、より根本的なその実体的事由とをはつきりと区別しなければならない必要はなく同時に債務者側の執行力を排除しこれによつて執行文付与を違法にすることのできる実体上の異議も参酌するのが理論上むしろ当然であり、又実際上も執行に関する訴訟を余りに定型化しくり返しを認めることは非合目的的である(兼子一著強制執行より抜粋援用)。

従つて、右と同趣旨の判断をした第一審判決こそ正当と言うべきである。

二、しかりとすれば、上告人が原審で主張した次の債権消滅事由につき判断をしなかつた原判決は審理不尽の誤りをおかしていると言うべきである。

(1) 被上告人は本件請求権を放棄していること。

第一審判決は債権放棄の事実を認めうる証拠は薄いとしているも、被上告人は昭和四一年から昭和四二年初頃までの間に訴外亡中田三郎(以下亡中田という)に対し債権放棄の通知をなし、その中に本件確定判決記載の債権が含まれていたのは事実である。

ただ右債権放棄の内容証明書は昭和四二年九月一一日発生の火災によつて亡中田及び上告人ら居住の工場居宅建物(東大阪市森河内五九四番地の一)共に焼失してしまい、その立証に困難をきたしているものである。

なお、亡中田は訴外菅郁蔵・藤森勝三(いずれも被上告人及び亡中田の知人)に対し負担していた債務につきその免除を受けている事情にもある。

(2) 仮に然らずとするも、亡中田及び外告人らは被上告人に対し反対債権を有していること。

亡中田は大阪市北区堂山町一〇一番地所在木造瓦葺二階建事務所兼居宅一階123.27平方メートル・二階119.04平方メートル(現況木造瓦葺三階建店舗・建坪四四坪二合三勺・延坪一三一坪九合)を所有し上告人らはこれを相続しているものであるが、亡中田は右建物を被上告人に昭和三二年一〇月一日より賃料一ケ月一五、〇〇〇円・支払期日毎月末日・期間一〇年間・特約譲渡転貸できるとの約定で賃貸し、被上告人は右建物を訴外共栄不動産(株)に転貸し右訴外会社は更にその一部を訴外東永商事(株)に転々貸しているものである。

ところが亡中田及び上告人らは被上告人より右建物に対する賃料を受取つておらずこれが合計金は昭和五一年九月末日現在三四二万円に達するものであるからこの賃料請求債権をもつて被上告人主張の本件確定判決記載の債権と対当額において相殺する。

しかるに第一審判決では被上告人は名義上のみの賃借人に過ぎないからこれに賃料支払義務を認めず、従つて上告人らの相殺の抗弁を理由なしとして退けているものである。

しかしながら亡中田が被上告人に前記建物を賃貸したのは事実であるからその後協栄不動産(株)が現実に右建物を使用しているとしても、上告人らに対する関係では被上告人が建物賃料支払義務者には変りないものである。

(3) 仮に然らずとするも、被上告人の本件確定判決による請求債権のうち、右判決書添付約束手形一覧表の番号2・3・11・19は訴外寿鉄工(株)振出分(その合計金五三万円)であり、番号21は同訴外会社裏書分(額面金一三六、〇〇〇円)であるところ、被上告人と右訴外会社とは昭和三七年一月二一日右の合計金六六六、〇〇〇円を含めて金一、〇一三、五〇〇円の金銭消費貸借契約であつたとして同年二月一七日公正証書を作成し、その後被上告人は右訴外会社乃至連帯保証人福泉敏正より右債務金の弁済を受けているものである。

しかるに第一審判決は「もし被告らの主張どおりであるとすれば、昭和三七年一月二一日の準消費貸借の成立により、右訴外会社の旧債務である計金六六六、〇〇〇円の約束手形債務は消滅したことになり、その後の弁済をまつまでもなく同時に訴外中田三郎の原告に対する同約束手形による同額の債務も消滅していることになる。

そして本件確定判決の口頭弁論終結時は、右消滅時である昭和三七年一月二一日より後である昭和三八年五月二五日であるから、確定判決の既判力によつて遮断され、被告らは右消滅事由を本訴で主張し得ないことは明らかである」と判断している。

しかしながら被上告人に対する関係では亡中田と同じく手形債務者であつた訴外寿鉄工(株)が右手形債務を昭和三七年一月二一日準消費貸借に更改したからとて亡中田の手形債務は消滅するとは解しえず、また消滅するとしても被上告人と訴外寿鉄工(株)との間の法律行為を知らない亡中田に対し右法律行為のあつたことを本件確定判決の口頭弁論終結時たる昭和三八年五月二五日までに主張しない限り確定判決の既判力によつて遮断されるとの判断は不当というべきである。

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